私たちの会社は教育組織が母体なので、どうしても「教育」という観点で物事を見てしまう。高校野球は競争主義が強すぎるということで、学校教育としてあるべき姿を成しているかということは議論の余地のあるところではあるが、毎年気迫溢れるプレーを見せてくれ、時に涙し、喜びをナインと分かち合う球児たちの姿を見ると「これ以上の教育があるか」と個人的には思ってしまうこともしばしばである。
青春の全てを野球に捧げ尽くし、それでもこの夏、甲子園と言う夢舞台に立てるのは全国4000余校の内、わずか49校に過ぎない。そしてその選ばれたチーム達によって毎日熱戦が繰り広げられ、真紅の大優勝旗を得るのはたった一校だ。その一校以外は全てこの夏の「敗者」となる。しかし甲子園の妙は、その敗者にこそドラマと感動があるということであろう。
昨日敗れた高校の内、八戸学院光星という高校がある。昨日の第3試合の『東邦高校 対 八戸学院光星高校』の試合はまさしく熱戦でありドラマであった。この試合、ドラマの渦中の人となった 桜井一樹 投手に関して今日は書きたい。
今大会はBIG3と呼ばれる超高校級の投手たちが注目されているが、桜井投手もなかなかどうして、魅力的な選手である。小柄ながら非常に身体能力が高く、打者としての実力も併せ持ち「野球センス」という言葉を感じさせる選手だ。
全国屈指の強豪校との対戦となったこの試合だが、八戸学院光星のナインは闘志あふれるプレーを見せた。継投と好守、畳み掛けるような攻撃が噛み合い、7回表が終わった時点で9対2 と7点差。そしてその裏から満を持してエースの投入。正直私は「あぁ、これで勝負は決まったな」と思った。残す東邦高校の攻撃は3イニングあるが、既に6回攻撃を仕掛けて2点しか取れていない状況で、残り3回で7点を取るというのは、数学的な期待値から見ると非常に厳しいと言わざるを得ない。プロ野球だとセーフティリードと言って良い点差だ。
しかし試合はこの後、劇的な展開を見せることになる。東邦高校が7回裏、一矢を報いて1点返し、これで9対3。8回にも2点返し9対5とした。ワンサイドゲームかと思った試合が、「リードされた側」の粘り強い反撃を見て、球場の雰囲気が徐々に変わっていくのがテレビから見ても分かった。
一塁側アルプス(東邦側)はもちろん、甲子園の浮動票とも言うべき数万人を超える「純・甲子園ファン」たちが東邦を応援し始める。しかしそれでも八戸学院光星のリードは4点。桜井投手も必勝の気持ちで最後のマウンドに上がったはずだ。だが超満員のマンモススタンドには何かを期待するような異様な熱があった。
9回裏、東邦の先頭打者がレフト前ヒットを打つと、1死二塁からさらにライト前へのタイムリー、観客のボルテージはとてつもない高まりを見せ、なんとブラスバンドの応援に合わせ手拍子が始まった。しかし桜井投手は、相手の4番打者を気迫のこもったボールでセンターフライに打ち取る。
あとアウト一つ、そんな気持ちもあっただろうか。桜井投手が三塁側アルプス席を見ると、地鳴りのようなアウェイの歓声の中で、同じ学校の仲間たち、保護者らが、声を枯らして自分たちを応援してくれる姿があった。勇気づけられた。しかし、それでもあと1アウトは遠かった。球場のボルテージは一球ごとに高まっていく。東邦の打者が良い当たりを打った瞬間、地鳴りのような歓声が起き、ファウルゾーンに落下すると大きなため息に変わる。「まさかの大どんでん返し」や「奇跡の反撃」を期待する無垢な甲子園ファン達は、ある意味ではとても残酷であった。おそらく桜井投手が今まで経験したどんな環境よりも異常な空気であったことだろう。
それでも彼は渾身のボールを投じた。この状況であればストライクすら入らない投手だって掃いて捨てるほどいるだろうが、彼は違った。ストライクゾーンに力を込めたボールを続けて投げ込む。しかし球場に立ち込める異様な狂熱の渦が彼の五感を、彼の投じる指先を、少なからず狂わせる。そして三塁側の大音量のブラスバンドと呼応して球場中から沸き起こる大歓声は東邦打者を覚醒させ、強力に後押しした。
桜井投手の投げる球は打者に打ち込まれた。連続でヒットを浴び、まさかの同点。そして一打出れば逆転サヨナラという場面に観客のボルテージは最高潮となり、その坩堝と化した甲子園は一つの巨大な生き物のようであった。巨大な怪物は、マウンドにたった一人立つ背番号1の投球を待つ。彼は歯を食いしばりこの日最後のスライダーを3年間苦楽を共にした捕手のミットにめがけて投じた。しかし、彼のボールがキャッチャーミットに届くことは無かった。強力なスイングで弾き返された打球は、無情にも外野で弾んだ。
彼は試合後にこんなコメントを残している。「相手チームが、球場全体から応援されていて、全員が敵なんだと思った。今日負けて甲子園の怖さを知った。点を取ってくれた打線やチームに申し訳ない」
大逆転は最高のドラマであるが、逆転された当事者からするとたまらない。まさに天国から地獄だ。「甲子園には魔物がいる」そんな言葉がある。甲子園では、毎年のように番狂わせが起こり、まさかの結末があり、涙がある。
昨日、孤高のマウンドに立った彼の目に映った魔物はどんな姿をしていただろう。きっと恐ろしい姿であったろう。しかし、桜井投手はこうも語っている。「この試合をこれからも一生忘れないで野球を続けたい。仲間にはありがとうと言いたい」
エースの投球を責めるものは誰もいない。この悔しさは後輩たちがきっと晴らしてくれるだろう。四面楚歌のマウンドで躍動し、懸命に魔物と立ち向かう彼の姿は紛れもないヒーローだった。
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